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豆撒(ま)き
節分の夜の大きな行事は豆撒きです。「鬼やらい」とか、「豆打ち」とか呼ばれて、古くから伝えられてきました。『壒嚢鈔(あいのうしょう)』には、宇多天皇の時代、鞍馬(くらま)山の僧正ヶ谷に住むある別当の夢に毘沙門天(びしゃもんてん)が現われ、京都へ鬼が2匹入ろうとしていることを告げたので、早速宮中へ報告した。宮中では7人の博士が三石三斗の豆を炒り、それで鬼の眼を打ったので、鬼は目が見えなくなって逃げたと書いてあります。
豆撒きに使う豆は、大豆(ダイズ)で、今は炒(い)ったものを市販していますが、正式には節分の夜、これを炒ります。
豆を炒るときは、ヤドメ、アセボ、ヒイラギ、豆がらなどを燃します。ときには、ヒノキの葉を加えることもあります。これは、パチパチと音を立て、豆を炒っていることを鬼に分からせないようにするという俗信からです。また、炒っている豆を掻(か)き回すのには、ヤドメまたはアセボの枝を用います。箸などは用いません。
炒った豆を枡(ます)に入れ、主人か長男が中心になって豆撒きをします。まず、1番奥の部屋から始めます。このとき、部屋の奥に向かって「福は内」と唱え、入り口方向に向かって「鬼は外」と唱えます。これを各部屋ごとに順序に繰り返して、最後に戸外に向かって同様に豆を撒きます。
その後、家族は囲炉裏(いろり)や炬燵(こたつ)で暖をとりながら、お茶を飲み、豆を食べて団欒(だんらん)します。このとき、1回で自分の年齢の数だけ豆を握るという風習があります。なかなかうまくできませんが、ぴったりの数を握ったときは、幸せが訪れるといいます。
また、囲炉裏の火を掻き回しながら、その上に豆を12個(閏年の場合は、13個)並べ、焼け具合でその年の吉凶を占うこともありました。
節分の豆は、一部保存しておき、春はじめて雷が鳴ったときに食べます。そうすると、その人に雷が落ちないという俗信があるからです。
なお、「鬼は外、福は内」と唱えるようになったのは、南北朝時代ごろからといわれます。いずれにせよ、鬼を追い出して邪気を払うという信仰から発達した行事です。